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2016年09月30日

■FSWikiとPerlを諦める

■FSWikiとPerlを諦める

ひとまず、心に決めた。
FSWiki と Perl を諦めることにした。
せっかく身に着けた技能ではあるけれど、客観的に考えて、維持していくのが無理だろうと思うのだ。

これはコンピュータやソフトウェア、OS(WindowsもLinuxも)にも言えることなのですが、これらの知識・技能の活用場面がほとんど『トラブルシューティングに限定』されていることが、もうダメなんじゃないかと感じるのです。

マイナスをゼロに持っていく作業に疲れました。
ゼロからモノを作り上げる喜びでも贖いきれないほどに。

それで現在お世話になっている、この「さくらサーバー」が用意してくれているツールが3つほど。どれも知らない。どれを選ぶべきかの指標がないが、考えてみた。

設置の苦労は、まぁ、あって構わない。手打ちでサイトを作り上げてきた時代の人間である。いくらか忘れて見落とすこともあるだろうが、ドットファイルを書く力はまだある。

動き出したその後を考えよう。そう思った。

僕が最初に作った「○工芸(まるあーと)」サイトは、表現の場でした。写真と文の組み合わせが必須で、すべて手作業。
面白かったけれど、作業量が辛かった。今ならそう思う。

少し試験サイトもあるけれど、次が「infoseek版まいんど-ぎあ」になる。この「まいんど-ぎあ」は、とある思想を体現する実験サイトなので、当時どうしてもBBS(電子掲示板)を必要としていた。
このBBSの設置が後々までアキレス腱になるのだけれど、同時にすごく技術は向上していった。

それから、「電網画廊喫茶まいんど-ぎあ」の自サイトとなる。つまり、mindgear.org を取得しての運営で、現在に至るもメールを使い続けている。

で。

長くHTMLの手打ちが続いたのだが、この前後でホームページビルダーやKDE_Wev_Dev なども使い始めて……今思うと、それが良くなかった。いや、この評価は正しくない。使用して問題が起きたときに、それをこのツールの性能や仕様だと思い込んだのが良くなかった。
今思えば、画像の扱いが複雑で、文字の装飾がややこしく、そしてテキストもページも多すぎた。これらのツールはページを作るには優れていたが、管理する力は「並」だったのだ。
まるで軽自動車にバスタブを乗せようとするようなことを僕はやっていた。そう思う。僕が本当に必要としていたのは、たくさんのページを管理するツールだったのだ……。結局、自分の頭でそれをやることが続いて、僕は自分が何をやっているのか分からなくなった。文章を書くよりも、整理や修正に時間を取られるようになってしまった。

そして僕はWikiに惚れる。
愛は美しく、恋は盲目である。「これはすばらしい、これにかけよう」と思ったのである。そして、それが甘かったことに僕は気付かない。
また車に例えるなら、念願のハイエースを買って、道具や荷物を積みっぱなしにして、何かあるごとに、それをあれやこれと積み替えるばかりで発車しない、そんな様子に似ている。
それでも確かにHTMLよりは余裕ができた。

しかし、百ページを超えるhtmlファイルを修正する作業の途中で本当は気付くべきだったのだ。
けれども僕は気付かずに、スクリプトを組んで半自動修正する作業に酔っていたと思う。

気付くべきだったのだ、機械化しなければ処理しきれない、自分の「文書量」というものに。

そして僕は急激に文字に押しつぶされていく。メンテナンスにも時間を取られ、アキレス腱だったBBSの迷惑コメントや、不正入力への対応にも追われていく。本業の忙しさのこともあるけれど、いずれにせよ、サイトを維持するための基本的なチェックにも一時間近く取られて、その上で何かをする、ということに疲れてしまった。自覚もないまま。

そして沈没。

そして手を付けられなくなったサイトはあるとき停止。
技術的にも、重かったのだろうと思う。Perlスクリプトの負荷の話は前から知っていたが、それに加えて僕のサイトは重かったのだ。
何がどうなったのかは、今でも正確には分からないが、いろんな意味で限界だったのだと思う。

立て直しや反省を何度も繰り返し、「管理ページから静的ページを生成するタイプ」とか、検討しながら現在に至る。

果たして、本当にサイトが動けるようなるのか分からない。
今進めている準備も、休み休みであって、まだ出口は見えない。

それでも、今回はやってみているところまで到達した。何とかしたいと、本当に思う。
posted by ZON3 at 17:36| 日記