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2015年01月22日

■手を動かしたいけれど、頭が動かない

■手を動かしたいけれど、頭が動かない

今、自分が何を書きたいのか、自分でもよくわからない。
少しバックアップデータを見て、昔の日誌と比べてみたら、例えば以前は、「この日、この時にこの話題を書く」ことに、何らかの意味があったように思う。
今は、この日記だか日誌だかに、日付が入っている意味があるのだろうかと、自分でも苦笑する。

この点を見ると、僕の病状は決して改善していないようだ。
以前にもまして、時は失われ、流されているようである。

病気について、自覚できている点は、たぶん一般的な人だとなんなくできる、それはできて当たり前、できないことがおかしな目で見られる「ちょっと覚える」が不安定きわまりない。

これが、必ず忘れる、としたらそれはそういうものとして、手が打てると思う。
とにかく頻度が中途半端なのである。だから、僕が病気の話をしても、なかなか共感してもらえない。
僕がとにかく、病気を「辛く感じている」事がなかなか理解してもらいにくい。まぁ、仕方ないと思う。
表に現れず、想像しても何が辛いのかイマイチイメージできないだろうと、僕も思う。

長くなった、今日書きたいことはこれじゃない。
でもまー、こんな風に、書き始める前まで覚えていて、キーを叩いている間にどこかに消えていく想いはあるのだろう。

どこで何を中断したのかは、気にしないことにして。
台本というか、あらすじというか、うーん、小説という体を成さないものを書いています。
一通り書いたら、「読める形」に加工したいと思うんだけれど、まずはその、「一通り形にする」ことが可能なのかどうか、とても心配。

まぁ昔から書きたいものの傾向というのははっきりしている。
ヒーロー、ヒロイックなもの。僕は正しく生きたいと思って生きている人間なので、正しい行いをして世の中を明るくする人物を書くのが好きだ。
それから、ロボット。かな。
でも夏目漱石の「我輩は猫である」のように、つまり、人間を横から見る視点の面白さが好きなので、別に金属でなくても、または動物でも、宇宙人みたいなものでも、たぶん書くものは同じ。
フィクションとしての登場人物のなかで「ロボット」という立ち位置に何かおいて話を作るのが好きなのだろうと思う。

最初の発想を得た日を記録しなかったのは、今となっては悔やまれるけれど、いずれにしても書きはじめて長いもので20年、短くても2年くらい経っているはずだ。
前に進めたい、そんな気持ち。

タグ:日記 文字 病気
posted by ZON3 at 15:59| 日記